1.自由化の進んだわが国農産物市場
わが国の農産物市場は、諸外国に比較して閉鎖的で、国内農家は農産物への高い関税と国からの多額の補助金によって守られている、と認識されている方がまだまだ多いようです。 しかし、実態はかなり異なっています。先進国の中で、わが国ほど農業、農村を守っていない国はないのではないかと思えるほど、薄い政策しか講じられていないのです。 具体的には次のようになっています。
○低い関税率を設定しています。
農産物の平均関税率は12%で、EUの20%、スイス51%、メキシコ43%などと比較して低い水準となっています。米など特定の農産物には高い関税が設定されていますが、その品目は限られています。他方、野菜(3%)など多くの品目は低い関税率となっており、無税品目数も全体の4分の1程度になっています。 つまり、日本は農産物に関してもかなり開かれた市場になっています。
*米は、現在341円/kg(精米:778%)の関税が設定されており、 民間の業者が主食用の米を輸入することは事実上できません。しかし、こうした高関税を設定する代償としてとして最低輸入量義務が課せられ、国がミニマムアクセス米として年約77万トンの米を輸入しています。その多くは、飼料米、加工用米に回り、一部を除き主食用として市場に出回るとことはありません。
○価格支持政策とは決別しています。
余剰農産物を、設定された価格で政府が買い上げ、当該農産物の市場価格を維持する仕組みは容易されていません。もっぱら、生産団体などによる在庫調整に対する国からの助成制度や生産調整によって対応しています。この点、欧米とはかなり異なっています。
○農家への直接支払い制度は不十分
畑作については、麦、大豆、澱粉用馬鈴薯、てんさいを対象とした直接支払いがありますが、対象農家が限られ予算も限定されている。水田作については転作作物導入への支援として産地確立交付金制度などがあるが、これも限定的。
○輸出補助金はありません。
日本の農産物輸出は、品質で真っ向から勝負しています。欧米は、低い価格の農産物に輸出補助金を上乗せし、さらなる低価格での輸出をしています。日本の農産物輸出はなかなか容易ではありません。
2.厚いで政策によって保護されている欧米農業
これに対し、欧米は高関税、価格支持と輸出補助金の三点セットによる手厚い農業保護をおこなっています。 例えば、乳製品には高い関税を設定し、豪州など安い乳製品との直接の競争にさらされないようにしています。また、余剰乳製品が発生した場合には、政府が一定の価格で買い上げ、価格の下落を防いでいます。典型的な価格支持政策です。
関税の引き下げとなった農作物については、基本的に生産費と市場価格の差額を補填する直接支払いや不足払い制度によって農家の所得を補填し、安い外国農産物との価格競争でも生き残れるようにしています。
さらに、過剰在庫が出てくれば、輸出補助金をつけた輸出、もしくは食料援助(聞こえはいいが究極の輸出補助ともいえる。)によって海外へ出しています。 こうした構図は、砂糖、小麦、綿花など他の主要農産物に適用されています。こうした経済支援のうえに、欧米の農業は成立しているのです。だからこそ、欧米は、戦後、自給率の向上を達成することができました。一方、関税は引き下げても十分な代償措置をほとんど講じてこなかったわが国の自給率は下がり続けました。保護の手厚さの違いが自給率の推移の際だった違いを生み出したといえます。
国内農業保護は、米国では、別の形でも行われています。 穀物からのエタノール生産です。化石エネルギー依存からの脱却を旗印に、米国ではトウモロコシによるエタノール生産が盛んです。世界的な穀物価格高騰の大きな要因ともなりました。米国は、トウモロコシの市場価格が低い場合には、生産農家に対し不足払い方式による経済支援をおこなってきました。トウモロコシをエタノール生産に振り向けることで、需給を逼迫させトウモロコシの市場価格が上がれば、農家への補助金を削減することができます。その分はエタノール生産への補助に回すこともできるわけです。
トウモロコシの価格上昇は、特にトウモロコシを主食とする開発途上国の住民の家計を直撃します。米国を違って家計に占める食料費支出の大きいこれからの国々では、主食となる食料の価格高騰は、死活問題にもなりまねません。
世界への安定的な食料供給国を標榜してきた米国の、本当の姿がここにあります。
ところで、なぜ、輸出補助金は何故問題か。
輸出補助金は農産物の国際市場価格を下げます。輸入国側にとってありがたいことではあります。しかし、開発途上国などお金のない国は、補助金を出せず、低価格での農産物輸出では農家は生き残れません。つまり、先進国による輸出補助金は農産物の市場価格を押し下げ、開発途上国の農業生産拡大のブレーキとなっているのです。
米国やEUは一方で輸入国の関税を引き下げ、その輸出先を拡大しています。 他方で、国内農業を保護し、輸出補助金によって余剰農産物を処理しつつ、それらが開発途上国の農業発展を妨げているという構図が浮かび上がってきます。
開発途上国の農業発展のおくれは、先進国の輸出補助金だけで片付けられるほど単純な問題ではありません。しかし、少なくとも輸出補助金が重要な要素であることは間違いありません。
おかしな話ですが、それが国際社会の現実です。
参考資料
1.食料自給率等の推移
2.主要国の供給熱量総合食料自給率の推移
3.主要国の農産物平均関税率について
4.米国・EU農政比較
5.日米欧の農業者への直接支払額比較